2005年08月01日

黒河 ロシア国境(後編)

硬臥の寝台で目を覚ますと、外はもう暗かった。向かいの寝台のおばさんに、
「よく寝るねえ」
と言われてしまった。時計を見ると、あと40分ほどで黒河に到着だ。
12時間以上ずっと眠り続けていた。

いつの間にか身体に毛布が掛けられていた。
向かいのおばちゃんが掛けてくれたようだ。

結局、途中の景色は何も見られなかった。少し残念だったが、どうせ同じような真っ白な寒村が続いているだけなので、これはまあ良しとする。

おばちゃんと少し話をする。
日本人だと言ったら、驚いていた。
ちょうど通りかかった車掌が、好奇心満々と言う感じで話に加わってきた。
黒河に着くまでの間、私の周りに人だかりが出来てしまった。

車掌が代表で質問をしてきた。
「日本のどこから来た?」
「その時計は日本で買ったのか?」
「いくらだ?」
そして、私が来ているウールのピーコートの生地を指で撫ぜて、
「日本人はこういうのを着ているのか?」
などなど。

「おまえは中国に親戚がいるか?」
と聞くので、「いない」と答えたら、まわりの人がいっせいに、「ホントウの日本人だ」などと言って少しどよめいた。

こうして見世物になっているうちに、汽車は黒河の駅についた。
汽車を降りてホームを改札に向かって歩いていると、後ろでさっきの車掌が「ミシミシ」と大声で叫んだ。

余談だが、中国で一番知られている日本語は、「ミシミシ」と「バガヤロ」である。
両方とも反日教育映画に登場する日本軍の兵隊が連発するので、中国人なら誰でも知っている。「ミシミシ」は「飯、飯」、「バガヤロ」は「バカ野郎」。
中国人の頭の中の典型的日本人のイメージは、「ミシミシ」と言いながら飯を食い、「バガヤロ」と言いながら中国人をぶん殴る、というものである。

黒河の駅前は、殺風景な広場というか空き地が広がっていた。
サッカーができそうなほど広いが、周囲には目ぼしい建物もなく真っ暗だ。
公共交通機関もろくにないようで、タクシーが何台か客待ちをしていた。
1日に2,3本しか汽車のこない駅であるから、時間を見計って客を拾いに来ているのだろう。

駅は市街地に近く、タクシーで3分程度で市街地に出た。
市街地と言っても、高い建物はあまりなく、商店も見当たらない。果物を売る小さな屋台が路上に点々と店を構えている。
屋台の四方は半透明のビニールシートで覆ってある。売り子はその中に入って店番をしている。こうしなければ凍えてしまうのだろう。
あたりはおそらくマイナス30度を下回っている。ハルピンから更に真北に630キロも来ているのだから。

三つ星のホテルを見つけたので入ってみたら、ロビーが真っ暗だった。
営業していないのかと思ったら、フロントの中だけ灯りがついていた。
電力事情が相当に悪いらしい。
部屋を見せてもらったら暖房はしっかりと効いていたので、ここに泊まることにした。200元程度の部屋をとり、まずは荷物を置く。

少し休んでから、ロシアの夜景を見に行くことにした。
ホテルからアムール川までは意外に近く、歩いて5分程度だった。堤防に登ると、対岸にロシアの灯りが見えた。
対岸の町は想像していたよりも大きい様子で、灯りが相当数見える。少し高い建物もあるようだ。
あとで調べたら、ロシア側の街の方が黒河より少し大きいらしい。

ロシアの夜景を見ることができて一応満足したが、とにかく猛烈に寒い。
それも当たり前で、対岸はロシア、つまりシベリアだ。国境の川を隔てても気候は変わらないから、つまりはシベリアにいるのと同じことだ。
このときの私はTシャツの上に木綿のシャツを着て、紺のピーコートを羽織っただけの格好だった。東京の冬でもやや寒いくらいだ。シベリアの気候を前に、凍死しそうである。
早々に街に戻ることにした。

街に戻ってどこか暖かいところに入ろうと思ったが、どこもやっていない。
そもそも誰も街など歩いていない。

やっと見つけた餃子屋に入り、水餃子をつまみにビールを飲むことにした。東北風の水餃子は30センチくらいの皿に山盛り状態で、一人ではとても食べ切れない。
ビールを注文するときに、
「冷やしてあるのを」
と言ったら、
「はあ?」
と言う顔をされた。
こんなことを言う客は初めてだったのかも知れない。
この地では、常温でもビールはカチカチに凍結するのだから。
出てきたビールはちゃんと保温してあり、ちょうど飲み頃だった。

アルコールが入ったので、もう少し街を歩いてみることにした。
真っ白な街をタクシーが行き来しているだけで、歩いている人は誰もいない。風が強く、露出している部分の皮膚が痛い。耳たぶは既に感覚が無い。
町を散策したかったのだけど、耳たぶが心配だったので、諦めてホテルに戻った。

ホテルは閑散としていて、バーはもちろんレストランも営業していない。
館内案内書によると1階にマッサージ屋があるらしいので、覗きに行った。
女性の案内で中に入ってみると、いわゆる特殊マッサージ系の店だった。

殺風景な部屋に布団のないベッドが置いてあり、農村風の10代の女の子が一人でベッドに座ってテレビを見ていた。「昨日、四川省から来たばかりの娘」とのこと。
300元だか400元だか、そのくらいを言われたと思うが、四川省の貧しい農村からこんな極寒の地まで(たぶん親に)売られてきた境遇の少女を相手にしてもあまり嬉しくないので、おとなしく部屋に戻った。
部屋に戻っても何もすることがないので、テレビを見ているうちに眠ってしまった。

翌日は午前中から街に出てみた。
さすがに昼間は営業している店がある。食堂や雑貨屋が何件か開いていた。昨夜の印象よりは賑やかな街のようだが、中心部だけなら歩いて全部廻ることができそうなほど小さい。

コーヒーが飲みたくて喫茶店を探したが、そもそも黒河にはコーヒーを飲ませる店というものが無いようだった。普通の茶館で熱いお茶を飲んだ。

ロシア雑貨の店ばかり30軒くらい集まっている通りがあったので、端から順番に全部覗いてみて、ロシアチョコレートと木製の民芸風小物入れとロシアタバコを買った。

ガイドブックには「ロシア人が買い出しに来る」と書いてあったが、街にロシア人は見かけなかった。国境貿易専門の市場が別のところにあるのかも知れない。

昼間のロシアを見ようと思い、再度アムール川に行ってみた。
川は凍結していて、冬季の国境貿易は船ではなく、トラックで川を越えるらしい。ロシア側には高い煙突のようなものが見えた。
ちなみに、日本人は仮にロシアビザを持っていてもここの国境は越えられない。法律さえ許せばロシアまで簡単に歩いて行けるのに。

帰りの飛行機は4時半頃だったが、黒河の町から空港までの所要時間が読めなかったので、早めに空港に向かうことにした。週2便しかないので、乗り遅れたら新年の仕事始めに間に合わない。

タクシーを止めて、中年女性のドライバーと料金交渉をし、20元で行って貰えることになった。
ところが、走り始めて10分くらいでタクシーは何故か団地の中に入ってゆく。何事かと思ったら、「免許証をとりに自宅に寄る」とのこと。空港エリアに入るには、途中の検問所で免許証を提示する必要があるらしい。

やれやれと思いながら車の中で15分ほど待っていると、おばちゃんは一人の中年男性を連れて戻ってきた。家を探しても自分の免許証が見つからなかったので、旦那さんに運転させるとのこと。奥さんは助手席に座った。
こんなことをやっていて飛行機に間に合うのかと心配になったが、連中は「だいじょうぶ」と言う。

やっと空港に向けて走り出したと思ったら、今度は公安局の前で止まってしまった。空港のあるエリアに入るには、公安局の許可証が必要とのこと。
黒河の空港はロシア国境に近いので、おそらく軍事施設を兼用しているるのだろう。

許可証の取得については、運転手は「すぐに済むから」と言うが、信用できない。
中国の場合、こういう時はたいてい担当者がメシを食いに行っていたりして、延々と時間がかかったりするのだ。これまでにもそんな調子で随分ひどい目にあっているので、とても信用する気になれない。
「いいから、とにかく真っ直ぐ空港に向かってくれ」
と強く主張してみた。
運転手とその奥さんは、あくまで許可証が必要だと言うが、私が折れないので、しぶしぶ車を出した。

少し走っただけで街は終わりとなり、雪を被ったまばらな自然林の中を空港に向かう。
20分くらい走ると、前方の路肩に小屋が建っているのが見えた。検問所である。
運転手が100メートルくらい手前で車を脇に寄せて止めた。

しばらく様子を伺っているうち、奥さんが、
「誰もいないみたい」
と言った。
検問小屋に向かってゆっくり車を進めて行くと、ゲートが上がっており、警官は一人もいなかった。きっとメシでも食いに行っているのだろう。
運転手とその奥さんは「よかった、よかった」と大喜びしていた。

車は原生林の中を更に10分ほど走り、空港の小さな建物の前に止まった。面倒を掛けたので5元プラスして25元払ってタクシーを降り、搭乗手続きを済ませて待合室に入ると、すでに20人くらいの乗客が飛行機を待っていた。

待合室から見える滑走路は四方を原生林に囲まれており、殺風景で、相当に広い。
有事の際には巨大な輸送機や爆撃機が発着するのかも知れない。
だだっ広い凍った滑走路と、傾いた日差しと、周囲のまばらな自然林がなんとも寂しげで、ホントウに遠くまで来たものだとしみじみ思った。

1時間ほど待っていると、遠くから飛行機がこちらにやってくるのが見えた。週2回だけやってくる小さな飛行機だ。ちゃんと迎えに来てくれたことに感謝する。

飛行機は滑走路の彼方に止まり、20人ほどの乗客は夕闇の中、凍った滑走路を500メートルほど歩いて飛行機に乗り込んだ。
小さいだけあって軽々と離陸した飛行機は、原生林と白い農地の上を飛び、1時間半ほどで省都ハルピンに着陸した。飛行機の旅はいつも実にあっけない。

ハルピンで1泊し、翌朝は凍結した松花江を川幅の中間あたりまで歩いてみた。松花江は国境ではないので、歩いて渡っても機関銃で撃たれたりはしない。

ハルピンのホテルのカフェで、昨日我慢した分のコーヒーを飲み、夕方の飛行機で上海に戻った。上海に着いて飛行機を降りたとき、まだ昨日までと同じ国にいるという現実になぜか違和感を覚えた。





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posted by 陳ゆう at 00:00 | 旅の記録 ロシア国境・黒河 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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