2014年09月12日

上海の幼稚園 卒園式で軍艦マーチ

動画みつけました。
確かにまぎれもない軍艦マーチだ。



幼稚園で軍艦マーチ=批判浴び、責任者処罰―上海
時事通信 9月12日(金)18時35分配信
 【上海時事】中国の共産党機関紙・人民日報(電子版)によると、上海市内の幼稚園の卒業式で、日本の「軍艦行進曲(軍艦マーチ)」が使われ、担当者が12日までに、停職処分となる騒ぎがあった。
 幼稚園の説明によると、教諭が卒業式の太鼓演奏のBGMとして、インターネットから軍艦マーチを入手。歌詞がついていなかったため、内容は分からず、リズムだけで選んだという。6月27日に行われた卒業式の模様は動画でネット上に拡散。軍艦マーチの使用に気付いた人々から批判が出ていた。 


問題があった上海震旦幼稚園は、英語での教育を特色とする私立のバイリンガル幼稚園。高い学費を払ってこれでは、親はさぞお怒りだろう。

軍艦マーチは反日映画などでよく使われるから、中国人なら普通はこれが帝国海軍の(そして海上自衛隊の)楽曲であることはよく知っている。敵国の象徴だ。
処分された担当者には悪いが、笑ったよ。

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話は脱線するが、かつて日本の首相であった菅氏が、日本の国家はあまりお好きでないと述べ、その理由として「他国の国歌に比べて元気がない」からだと説明していた。

確かに威勢のいい国歌を持つ国は多い。これは当たり前のことで、他国の国歌は軍歌に由来するものが多いから元気がよいのだ。フランスの国歌なんて「敵を血祭りにあげろ」と大変に威勢が良い。

菅さん、そんなこと言うなら軍艦マーチでも推薦すればよかったのだ。




posted by 陳ゆう at 19:53 | 雑記帳 その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日

書評:「清朝の王女に生まれて」愛新覚羅 顕g 著

読書感想文です。

5月末に北京の病院で亡くなった愛新覚羅顕g(あいしんかぐら・けんき)は、清朝最後の王女と言われた人物。
享年95歳。

愛新覚羅顕gさんが死去 「清朝最後の王女」
(2014/5/27 0:36 日経電子版)

愛新覚羅 顕gさん(あいしんかくら・けんき=清朝粛親王の末子)親族によると、26日、北京市内の病院で死去、95歳。死因は不明だが数カ月前から入院していた。葬儀は28日、同市郊外で行われる。旧日本軍のスパイとして「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれた川島芳子の実妹で、中国で生存する「清朝最後の王女」と呼ばれた。

 1918年、旅順(現遼寧省大連市)で生まれ、日本に留学。41年に中国に帰国、58年にイデオロギー闘争で「右派分子」とされ、懲役15年の判決を受け投獄された。著書に「清朝の王女に生れて 日中のはざまで」。(北京=共同)

このニュースで紹介されていた自伝「清朝の王女に生れて 日中のはざまで」(中公文庫)を読んでみた。
著者は少女時代に日本に留学し、学習院女子と日本女子大に学んだ。日中戦争がはじまったころに満州国に戻り、そこで終戦を迎える。
中華人民共和国建国後は、普通の中国の庶民として北京に住み、食堂を経営したり、翻訳会社に勤務したが、1950年代の反右派闘争の時期に逮捕され、1973年まで15年間を獄中で過ごした。
その半生を自ら日本語で執筆した自伝である。

こう書くと、中国現代史の生き証人のごとき叙述が読めそうである。しかし、この自伝にそういう歴史物語を期待するとがっかりするかも知れない。

全体的な印象をざっくりと言えば、これは、
「おばあちゃんの思い出話し」
だ。
おばあちゃんの家に遊びに行って、三日間、とりとめのないお茶飲み話しにつきあった、そういう印象の著作だ。

彼女が生きた時代は、ユン・チアンの「ワイルド・スワン」の後半部分と重なる。
しかし、「もうひとつのワイルド・スワン」を期待してこの著作を読むと、期待はずれに終わるだろう。

ワイルド・スワンの著者ユン・チアンは俯瞰的視点で物事を描いた。
ユン・チアンの父親は延安時代からの共産党員で、四川省の共産党幹部をしていた。母親も、共産党の要職にあった。だからユン・チアンは一人の少女の視点を超えて、共産政権成立後のできごとを広く見ることが出来た。家族の三代記を時代背景のなかに位置づけることに成功し、家族を描くことで時代を描いた。

愛新覚羅顕顕gさんは、血筋的には皇族でも、満州国消滅後の中国では単なるひとりの女性に過ぎなかった。社会的地位も、特権もない。
大衆向けのニュースメディアが存在しない時代に、一庶民が身の丈を超えて社会を知る方法はなかった。

出版社が付けた裏表紙の紹介文には、
「文革下二十数年の獄中生活・強制労働など、さすらいの王女が自らの劇的な半生をつづる感動的な自伝」
とある。しかし、本の中では投獄された経緯や理由が説明されないし、出獄後の仕事についても、ただ天津の農場と説明されているだけで、どういう性質の場所でどういう立場で過ごしたのかがよくわからない。
客観的なディテールが描かれないので、著者が受けた扱いの性質や不条理さの程度が、本を読んでもわからない。

普通なら編集者が手助けして上手に仕上げるのだろうが、巻末解説で上坂冬子が書いているとおり、著者は他人の手が入ることを非常に嫌った。
「誰にも代筆は頼まない。対談形式も嫌、インタビューも嫌。上手下手はさておいて、ともかく自分で一字ずつ書くつもりです」
と仰ったとのこと。

ちなみに、もしも愛新覚羅顕gさんが1958年に懲役刑に処せられることなく北京で暮らしていたら、もと皇族という血統からして、1960年代の文革期に一般民衆の手による苛烈な迫害を受けていた可能性が高い。
幸か不幸か文革期の大半を刑務所の鉄格子と塀に守られて過ごしたので、生命の危険もなく混乱期を乗り越えることができたのだと思う。

ちなみに、実際のところをいえば、べつに「清朝の王女」でなくても、建国前後から文革期にかけての中国には波瀾万丈の激動の人生を歩んだ人は多かった。
いわれのない投獄や、死に至る不条理な暴力、僻地での強制的な重労働、それによって引き起こされた家族離散や自殺など、珍しくもない時代だった。

しかし、そういう「普通の人」の自伝は、日本ではなかなか書籍にならない。中国人ならば周囲の年長者からこの類の身の上話を頻繁に聴くだろうが、それが日本語になる機会は少ない。

思うに、この著作の価値の一端は、そんな「身上話」が、日本語で出版されたことにあるのかも知れない。著者がたまたま清朝の皇統の女性であったために、愛新覚羅一族に関心を持つ人が多い日本での売上が見込めたのだろう。

なんだか酷評しているようだけど、この自伝は決してつまらない本ではない。
文章は素人の文章のままで、多分ほとんどリライトされていない。プロに手を入れられることを好まない頑なな態度は、お姫様っぽくて面白い。
物怖じしない楽観的な世界観や、社会の事象を客観的に描くことにあまり関心が感じられないのも、お姫様育ちの故かも知れない。そんなお姫様育ちにもかかわらず、頼るもののない時代を自力で生きた半生には、感銘を受ける。
ノンフィクション文学としてのできはともかく、愛新覚羅顕gという女性の人物像は、それなりに生々しく感じられると思う。

合掌





posted by 陳ゆう at 14:32 | 雑記帳 その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

パソコンのキーボードの掃除

このところノートパソコンのキーボードの調子が悪い。調子が悪いのはキーボードだけで、その他の部分は6年落ちの今でも元気に動作している。貴重なWindows XPを搭載しているので手放せない。
問題があるのは「D」のキー。強く押せば入力できるが、普通のタイピングの力では反応しない。
掃除機で吸ってみたり、エアダスターを吹いてみたり、楊枝でつついたり、いろいろやってみても効果なし。

結局、分解して掃除しました。
同じような症状のキーボードで困っている人は多いと思うので、ご参考までに、掃除の経緯を紹介します。

用意した掃除道具は、綿棒、お風呂の洗剤、エアダスター。
汚れの大半は皮脂の類だろうし、キーボードの素材はプラスチックなので、お風呂の洗剤を使ってみた。

掃除道具.jpg


デスクトップのキーボードは専用の工具がないと分解できないらしいが、ノートパソコンのキーボードはマイナスドライバで簡単にはずせる。
キートップの端っこをマイナスドライバーで引っかけて、持ち上げてパチンとはずす。
初めてだと怖いかも知れませんが、思い切っていきましょう。

コツは、深く引っかけないこと。端っこをちょこっとだけ引っかけるようにします。ここ、重要です。奥まで突っ込むと、キーの下にあるパンタグラフ機構を壊してしまいます。

取り外し.jpg


キーをはずすと、こういうパンタグラフ機構がある。
隙間に髪の毛が挟まっていた。
そのせいで、強く押さないと下まで押し込めなくなっていたのでした。

kaminoke.jpg


ついでなので、全部のキーを外して掃除することにした。
ドライバーが必要なのは最初のひとつをはずすときだけ。2つめからは指先をひっかけてパチン、パチンと調子よくはずしてゆける。

全部のキーをはずしたら、キーボードの台のほうを湿らせた綿棒で掃除。
水濡れ厳禁なので、から拭きのほうが望ましいと思いますが、これだけ汚れているとそれでは綺麗にならない。6年分のヨゴレなので。

綿棒.jpg


なお、ここを掃除するときに布で拭くのはやめた方がよいと思います。
キーボードのパンタグラフ機構は下の写真のように非常に華奢にできている。
布でこすると、繊維が絡んでひっぱられ、組み合わせてある部品がはずれてしまう。最悪、壊してしまうことも。
私は、布で引っかけて、パンタグラフのプラスチックを一箇所折ってしまった。幸い動作に支障は出ない箇所だったけれど、悪くすると致命傷になりかねない。
時間はかかりますが、ひとつひとつ綿棒で根気よく拭いていきましょう。

パンタグラフ.jpg


綿棒での掃除が終わったら、さかさまにして、エアダスターを吹きつける。
さかさまにすると全部のパンタグラフが開くので、挟まっているゴミも一気に吹き飛ばせる。

逆さま.jpg



取り外したキーは、お風呂の洗剤で漬け洗い。
しばらく漬けたあとで、風呂掃除用のスポンジを使って綺麗に洗う。
天気がよいので、ベランダで作業しています。

洗浄中.jpg

風呂場や洗面台など排水口があるところで作業をする場合は、うっかりキートップを流してしまわないように細心の注意が必要。ノートパソコンのファンクションキーは、ほんのちょっとした隙間でもスルッと通過してしまうほど小さい。

綺麗になったキートップを乾かして、もとどおりにはめていく。
定位置に置いて、ひとさし指で垂直に押せば、パチンとはまる。

ノートパソコンのキーボードは機種によって配列が異なるので、キーをはずす前にキーボード全体の写真を撮っておくことを強くお勧めします。特に矢印キーのあたりは、記録に残しておかないとわけがわからなくなります。

スペースキーやエンターキー、シフトキーなどの大きめのキーには、キーを安定させるためのコの字型の金具がついている。キーボードに戻すときには、まずこの金具をキーにセットしてから、反対側をキーボードの溝にはめる。あとは普通にキーをおいて押し込めばパチンとはまる。

金具.jpg

金具付き.jpg


できあがりはこんな感じ。

できあがり.jpg

てかりがでているので新品同然というわけにはいきませんが、それなりに綺麗になりました。
来年4月のXPのサポート終了まで、まだあと1年間は活躍してもらおう。




posted by 陳ゆう at 12:25 | 雑記帳 その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする