2011年05月18日

フランシスコ・ザビエルの没地を訪ねる 広東省 上川島

フランシスコ・ザビエルが布教目的で来日したのは1549年。インドのゴアを出発し、明の上川島を経て、薩摩半島の坊津に至るルートだった。この当時、マカオはまだポルトガルの居留地ではなく、今の広東省江門市市台山沖にある上川島が、東アジアにおけるポルトガルの拠点だった。

2年間の日本滞在の後、いったんインドのゴアに戻ったフランシスコ・ザビエルは、次に中国での布教を決意する。中継地点となる上川島に上陸したのは1952年9月。
当時の中国は、外国人宣教師が本土に上陸することを認めていなかった。フランシスコ・ザビエルは、上川島にとどまって中国上陸の方法を模索するが、間もなく同地で病に倒れ、1952年12月3日未明、46歳で病死する。
フランシスコ・ザビエルの遺体は、まず上川島の海岸に葬られ、後に掘り出されてインドのゴアに移された。

マカオがポルトガルの植民地になった後、上川島が東アジアへの中継地点として利用されることはなくなった。港街を歩いても、ポルトガルを想起させるものに出会うことはない。
唯一、ポルトガルとの関係を思わせるものは、南シナ海に面した丘に建つ小さな教会である。ここにフランシスコ・ザビエルの墓苑がある。教会内には、最初に遺体を収めたとされる石棺が保管されている。丘の中腹にはフランシスコ・ザビエルの石像が立っている。

下の地図のマーカーにある「方済各」は、中国語では「fang ji ge」と発音する。「Francisco」の中国での音訳である。つまり、「上川島聖方済各墓堂」は、「上川島聖フランシスコ墓堂」という意味になる。
なお、このGoogle mapのマーカーの位置は10qほどずれている。教会は実際は島の北部にある。


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上川島聖フランシスコ墓堂

下の写真の教会である。
島の海沿いの小道から丘を上がって行くと、教会の門が見えてくる。

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門を入って行くと、奥のほうから痩せた中年の男性が歩いてきて、入場料を払えと言った。入場料をとる教会など聞いたことがないが、乗ってきたバイクタクシーの運転手に尋ねても入場料は必要だと言うことだったので、10元を払った。

石の階段をあがると、教会が見えてきた。

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正面から見上げたところ。

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1869という数字は建立年だろうか。

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教会の入り口から海を振り返った景色。

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横から見た教会。
クリスマスケーキの上に乗っている教会みたいだ。

バイクタクシーの運転手の話では、最近になって外壁が塗られて、このような明るい色になったらしい。もとは石の地の色であったとのこと。

教会の扉は開いており、中に入るのは自由。
礼拝用の木の長いすが並び、正面の十字架の前にはフランシスコ・ザビエルの立像がある。

教会の中央には石棺が安置されている。
石棺には、中国語とスペイン語でフランシスコ・ザビエルの名前が刻まれている。遺体が最初に埋葬された際に使われた石棺と思われる。
石棺のうえには、礼拝者が置いたらしい1元札や5角札が沢山乗っていた。私も1元札を置き、手を合わせた。

このサイトによれば、ザビエルの墓苑は、明、清、中華民国の各時代を通じ、合計4回の再建および拡張工事がなされている。
1986年には、台山県人民政府が第5回目の再建工事をおこなった。
教会は、3層造りの建築物で、第1層部分は花崗岩、第2層と第3層部分は鉄筋コンクリート造りとのことである。尖塔には、石造りの十字架が掲げられている。

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教会の横を右に進むと階段がある。その上に墓碑があるというのであがってみた。かなりの段数があり、息が切れ、汗だくになる。まだ5月なのに島の気温は30度近い。

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階段のはるか上に、墓碑が見えてきた。

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見上げたところ。
フランシスコ・ザビエルの石像が海を向いている。

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石像の後ろ側。

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石像の視線の先の海。

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墓碑前面の碑文。

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墓碑背面の碑文には、中国語で、

海外華僑、香港、マカオ、アメリカ、カナダ、ドイツ、スペイン、イタリア、ギリシャ、オランダ、ルクセンブルグ、フランス、フィリピンのキリスト教徒、および、香港のカノッサ修女会が募金をして、1987年に再建した

と書かれている。

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教会の芝生で寝ていたイヌ。

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教会の脇に立つ、日本人と関係のありそうな彫刻
スペイン語で、
san francisco de jabier
escultor aizkorbe
asociacion yamaguchi
3 diciembre 1999
と記載されている。
スペイン語圏の山口県人会の寄贈だろうか。

私が教会にいた30分くらいの間、ほかに来訪者はなかった。
日によっては、西洋人を含め、結構な人数が教会にやってくるらしい。


(上川島への行き方)

上川島を訪問する場合、拠点となるのは、上の地図でマカオの上に表示のある珠海市(中華人民共和国広東省珠海市)。
珠海市は、かつてケ小平が改革開放政策を実施した際に、実験的に資本主義経済を導入した全国5つの経済特区の一つだった。そのため、早くから台湾系をはじめとする外資系企業の進出が進み、高層ビルが立ち並ぶ現代的な都市となった。
この珠海市から上川島は日帰りが可能。上川島には英語が通じるホテルは多分ないので、珠海市を旅の拠点にするのがお勧め。

珠海から上川島に向かうには、まず長距離バスで台山市の港に移動する。
バスは、珠海市の南部、マカオへのボーダー(拱北口岸)の向かいにあるバスターミナルに発着する。ここから「台山山咀」行きのバスに乗車すれば、高速道路を経由して山咀港まで直行する。

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車体にイルカの絵が描いてある理由は、海浜リゾートに向かうバスだからだろうか。

バスターミナルを出たバスは、マカオの遠景を左手に、珠海の街をしばらく走る。写真の中央に見える高いビルは、マカオを代表する巨大カジノ、グランドリスボア。やがてバスは高速道路に入る。

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この辺りは、世界遺産の望楼がある開平にも近い。
高速道路の脇、農地の中に散在する村落には、開平にあるのと同じような望楼が建っている。

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高速道路を降りた後、しばらく南国の林の中を走る。

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珠海から2時間半程度で山咀港に着く。
山咀港でバスを降りると、目の前にフェリーターミナルがある。フェリーターミナルと数件の土産物屋のほかは何もないところだ。

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船のチケットを買う。片道35元。行き先によって窓口が違う。
山咀港から上川島への船の出航時刻は

4月16日〜9月15日 始発8:30 最終18:30 1時間おきに11便
9月16日〜4月15日 始発8:30 最終17:30 1時間or1時間半おきに8便

帰りの船の出航時刻は、

4月16日〜9月15日 始発8:00 最終18:00 1時間おきに11便
9月16日〜4月15日 始発8:00 最終17:00 1時間or1時間半おきに8便

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乗船口は行き先別になっている。上川島に行く人は右側のゲートを入る。漢字で表記してあるので、迷うことはない。

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船は30分ほどで上川島の三洲港に到着する。

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埠頭の駐車場には、船の時間にあわせて迎えにきたビーチリゾート行きのマイクロバスが停車していた。
上川島には、約5キロのビーチがあるとのこと。

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上の地図の赤い矢印が三洲港、黄色の矢印がフランシスコ・ザビエルを記念する教会の位置。
ここから先は、公共交通機関はない。一人旅ならば、バイクタクシーを利用するのがよいと思う。バイクタクシーは、港に船がつく時刻だけ駐車場で客待ちしている。それを過ぎると1台もいなくなる。船を降りてから港の写真をとっていたら、いつの間にか1台もいなくなってしまった。

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少し待ってみたが、バイクタクシーは1台もやってこない。仕方がないので、あてもなく適当な方向に歩いて行くと、町の中心部に出た。町といっても、数百メートルの範囲なのだけど。

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近所に島の学校があるらしく、制服を来た子供がたくさん歩いていた。
こういう僻地の島は、出生率が高そうだ。

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市場の様子。

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市場で売っていた海へび。
「なんだ写真か。買うのかと思った。」
と言われた。

市場の前で、数台のバイクが客待ちをしていた。値段を聞くと、言い値で片道10元。現地で30分ほど待ってもらう約束で、往復25元で交渉成立。まあこんなもんでしょう。
街にはワゴン車の白タクもいる。値段を聞いたら往復で50元と言っていた。複数で利用するなら白タクの方がよいのかもしれない。

ちなみに、フランシスコ・ザビエルは中国語で「方済各・沙勿略」と表記する。しかし、こう書いて見せてもバイクタクシーの運ちゃんには通じない。教会の建物の写真をプリントアウトして持って行き、指差して見せれば一発で理解してもらえる。

町から教会までは片道3キロくらい。街を出たら小高い丘を越え、「軍事禁区」と書かれた海軍基地をぐるっと迂回して、海岸沿いの道路を走り、海を望む丘のふもとの教会まで行く。

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途中の海岸から撮影。向こうの丘の麓辺りに教会がある。

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このあたりの海は結構きれい。


(帰路)

教会の近くには流しのタクシーなど一切走っていないので、バイクタクシーに待っていてもらわないと港に帰れなくなる。
往路と同じくバイクの後部座席に乗って、港まで数分。

船が出る時間にはまだ余裕があったが、付近には食堂も見あたらなかったので、ミネラルウォーターとオレンジジュースを飲みつつ、港をぶらぶらして時間をつぶした。

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港の切符売り場と待合室は、船が出る時間以外は、こんな風にがらんとしている。
エアコンはもともとないが、そのうえ電源工事中だったので、天井の扇風機までとまっていた。暑い、というより空気が熱い。
上川島に着いてから大量の汗をかき続けているので、いくら飲み物を飲んでもほとんどおしっこがでない。

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少し遅れて迎えに来た船。

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帰りの船の窓から見た教会。
こうやってみると、丘の低い位置にある。

30分ほどの船旅で本土に帰着。
この時点でまだ午後1時30分。
珠海行きのバスは午後2時45分までない。フェリーターミナル2階の食堂で麺を食べ、あとはその辺をぶらぶらしてすごす。果物や干し魚の物売りがしつこい。

バスのチケットは、フェリーターミナル横の平屋の建物で買う。
2時45分発のバスに乗り、珠海まで帰ってきたら午後5時だった。

この日の行程は次のようなもの。

8:15 珠海発
10:30頃、山咀港着
11:00  山咀港発
11:30頃 上川島着
港の付近をぶらぶらした後、バイクタクシーで教会へ。
11:50頃 教会着

12:20頃 教会発
12:25頃 三州港着
13:00  上川島発
13:30頃 山咀港着
1時間以上時間があいたので昼食
14:45  山咀港発
17:00頃 珠海帰着

余裕の乗り継ぎをしてこの時間に戻ってこれるのだから、完全な日帰りコースと言える。




posted by 陳ゆう at 21:06 | 旅の記録 フランシスコザビエルの没地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする