2013年11月21日

延安での宿泊 (渉外ホテルに泊まりましょう)

延安での宿泊の注意点

延安は観光客が多いので、街が小さいわりにホテルの数は多い。しかし、その多くは外国人を泊めることのできない内国民専用のホテルです。

中国では、外国人は、「渉外ホテル」の登録をしているホテルにしか泊まれない。渉外ホテルの登録をするためには、ソフトとハードの両面に関して一定の水準を備えたうえで、政府の旅遊局に申請して認可される必要がある。この認可を受けずに外国人を宿泊させると、ホテルには罰則が科せられる。
ちなみに、中国の出入国管理上、外国人旅行者は中国に滞在している間は日々の宿泊場所を公安局に届け出る決まりになっている。渉外ホテルは、この届出を宿泊客に代わってやってくれている。もしこっそりと渉外ホテル以外のホテルに泊まったりすると、公安局への届出がされないので、出入国管理法違反ということにもなってしまう。

上海、広州などの大都市やその他の沿海地区ならば一泊150元程度の安ホテルでも渉外ホテルの登録をしているところが多いので、旅行者がこの登録の有無を意識することはそもそもない。
しかし内陸部では事情が異なる。たとえば四川省では、省都である成都駅前の10階建て一泊200元のホテルでも渉外ホテルの登録をしていないことがあった。

延安は内陸部の街であって、しかも、観光地としての最大のセールスポイントは「愛国教育の拠点」であるから、やってくる団体客のほとんどが中国人というドメスティックな街である。渉外ホテルの登録など、していないホテルがほとんどである。
よって、外国人が延安に行くと、そこここのホテルで「すみません・・・うちは外国の方はお泊めできません」と断られて途方に暮れることになる。
Ctripなどの大手ホテル予約サイトで予約しても、外国人であることがわかると、キャンセルの電話がかかってくる。

延安の低価格帯のホテルは、ほぼすべて渉外ホテルの登録をしていないと思ったほうがよい。よって、普段は貧乏旅行を心がけている人も、延安では奮発して中級ホテルに泊まりましょう。せいぜい300〜400元、日本円で6000円程度。この値段で、清潔なダブルベッドとシーツ、豊富な温水のシャワー、アメニティー一式、無料のネット接続環境、セーフティボックス、冷蔵庫、大型液晶テレビ、などなど、必要なものはすべて揃った眺めの良い部屋に泊まれます。

お勧めは下の2軒。どちらも延安の中心街にあり、街歩きにも観光にも便利。付近を通るバス路線も多い。

(地図A) 銀海国際大酒店  360元〜  Ctripの予約ページ

(地図B) 延安旅遊大廈  300元〜  Ctripの予約ページ

延安旅遊大廈は、1階ロビー横に鉄道チケットの販売代行会社が入居しているので、そういう意味でも便利。


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杭大賓館(抗大ホテル)について

延安のホテルの話をするならば、やはり抗大賓館(抗大ホテル)にも言及すべきでしょう。
抗大賓館の「抗大」とは、「抗日軍政大学」を略した言葉。抗日軍政大学は、今の延安の中心街のあたりに1936年に設置され10年間存続した軍事学校で、建学の目的は日中戦争を戦う人材を育成することだった。各地にできた分校とあわせると日中戦争の期間中に十数万人の卒業生を送り出し、日中戦争、後には国民党との内戦を戦う上で、重要な役割を果たしたとされる。


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抗日軍政大学そのものはとうになくなっているが、その跡地にはホテルが建てられ、抗大賓館(抗大ホテル)となった。今でも、ホテルの門の脇にはかつての抗日軍政大学の正門が保存されている。同じ敷地内には2階建の「抗日軍政大学記念館」が建っており、そこそこ広いスペースに日中戦争や国共内戦の戦史資料が展示されている。

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さて、この抗大賓館のホームページを見ると、「渉外賓館」と明記してある。つまり、外国人が泊まれるホテルなのだ。電話して宿代を尋ねたら、パソコン付きの部屋で1泊180元とのこと。これは安い。
念のため、
「そちらのホテルは、外国人でも泊まれますか?」
と尋ねると、
「中国語を話せれば泊まれます」
という返事だった。フロントに英語を話せる人がいないのだろう。
さらに、
「日本人でも泊めてもらえますか?」
と尋ねると、またもや、
「中国語を話せれば」
とのこと。

抗日軍政大学の跡地に建つ「抗大賓館」なのに、「日本人」という単語に対して、まったく何の反応もなかったのにはちょっと驚いた。巷では尖閣問題で大騒ぎ、昨年はパナソニックやトヨタが襲撃され、北京の一流ホテルでは日本人に対する宿泊拒否が公然とおこなわれているというのに。

思うに、北京やその他の大都市から遠く離れたこの延安の地では、抗日はすでに歴史的事実としてしか存在せず、「抗大賓館」で働いている人でさえ、日本に対して特別なこだわりはないのかもしれない。
延安は、中国現代史のなかではすでに「古都」であって、現在進行中の生臭い問題からは遠く離れた場所。喩えるなら、日本にとっての奈良のような場所なのだろうと思った。街の雰囲気もちょうどそんな感じだ。

(つづきます)





posted by 陳ゆう at 21:21 | 旅の記録 延安 / 革命聖地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

延安の街

延安の街は、延河とその支流が合流する地点にある。川の間際まで山がせまっており、平地はわずかしかない。このため、延安の街は川に沿って三方に細長く発展した。


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中心街に隣接する宝塔山から見下ろすと、川の両岸に沿って細く伸びる延安の街の様子がよくわかる。革命記念館や、枣園、楊家嶺、王家坪などの中国共産党の革命旧址は、奥に伸びる川をさかのぼった先の、向かって右岸に点在している。

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両側から山にのしかかられているような街である。狭間の低地に、グラウンドやビルが遠くまで帯状に連なっている。下の写真の3kmほど先に、鉄道の延安駅がある。

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延安は小さな地方都市ではあるが、中国共産党が愛国教育の重要拠点に位置づけているので、市街地は綺麗に整備され、清掃も行き届いており、中国の地方小都市にありがちな埃っぽい街並みとは印象が違う。

川の合流地点にある中心街は、それ自体が公園のように整備されている。このあたりが、かつて中国共産党が根拠地とした時代に延安の市街地があった場所であり、今も延安の商業の中心になっている。

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中心街の道路は、歩行者がむやみに横断できないように歩道と車道の間に堅固な鉄製の柵が設けられている。
自動車とバイクと人と自転車がごちゃまぜになって蠢く光景は、この街では見かけない。

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道路を横断するための地下道の両側には商店が入居して、小規模な地下街を形成している。冬の寒さが厳しい地方らしい街のつくりだ。個人経営らしき服飾関係の小規模な店舗が数多く入居している。
少しでも元手ができれば自分で商売を始めようとするのが中国人気質。その気質を感じさせるような小さな店構えである。

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延安の街は、街灯もよく整備されている。街灯の柱には、2つの赤い旗が掲げられている。

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ひとつは中華人民共和国の国旗「五星紅旗」。
もう一つの旗は、一見するとかつてのソビエト連邦の国旗のように見えるが、よく見ると五芒星が描かれていない。この旗は、中国共産党の党旗である。
組み合わせた鎌と槌は、鎌は農民を、槌は労働者を象徴しており、組み合わせることで農民と労働者の団結を表してる。いわゆるマルクス・レーニン主義(中国語でいう「馬列主義」)の旗である。
「槌と鎌」が商業街にこれほどあふれている都市は、中国でもほかにはないように思う。さすが延安は中国共産党の聖地である。





延安の街は昼間はあまり人出がないが、夕刻になると帰宅する人でそれなりに混雑する。橋の上では車が少しだけ渋滞している。橋の後ろに見えるのは、観光スポットとして有名な清涼山。

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さきほど街を見下ろした宝塔山は、街から見上げるとこんな風に見える。山の上に建つ延安宝塔は、11世紀に建てられたもので、高さ44m、延安の象徴の一つになっている。

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夜になると、中心街の小路に数十メートルにわたって夜店が並ぶ。延安市政府が公式に認めている登録制の夜店らしい。

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後に紹介する中心街のホテルから徒歩数分のところなので、ビールのつまみを買いに行くには便利そう。

(つづきます)





posted by 陳ゆう at 23:04 | 旅の記録 延安 / 革命聖地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

革命の聖地 延安1 (交通)

中国共産党軍が瑞金で国民党軍に敗れ、1万2500kmを敗走した後、1936年から根拠地とした陝西省の山間の小さな街「延安」。新中国(中華人民共和国)の建国に至る革命の聖地として、特別扱いされている街である。


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以前からいつか行きたいと思っていた延安にようやく行ってきたので、数回にわたってその旅行の感想と写真をupします。

延安への行き方

共産党の根拠地があった頃の延安は黄土高原のなかの交通不便な土地だったが、今は全く様相が違い、各種の交通機関が完備した小都市に変わっている。
延安の空港は小さいが、B737やA320などの小型ジェット旅客機が離着陸できる滑走路を持ち、北京、西安、上海、重慶、広州との間に定期便が飛んでいる。
鉄道は、西安との間に高鉄(中国版新幹線)が開通し、約2時間半の道のりになっている。
かつての辺鄙な地の印象は全くない。

私は、西安から鉄道で延安に向かった。「高鉄」(動車組)は1日に2本しかなく時間的にあわなかったので、旧来型の鉄道車両で向かった。それでも3時間半もあれば延安駅に着く。こちらは1日に14本あって、使いやすい。一番安い硬座のチケットが約50元。

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車内で売りに来た弁当をみて驚いた。小奇麗なのだ。中国の汽車の弁当といえば、目の前でバケツのような容器からオタマでがしゃっとおかずをすくい、プラスチック容器に盛った米飯にぶちまける、というぶっかけ飯が定番である。
しかし、ここの弁当は、おかずことに仕切られた弁当箱に入り、まるで日本の幕の内弁当のような繊細なつくりだ。

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麻婆豆腐、にんにくの芽と豚肉の炒めもの、卵とトマトと青菜の炒りつけ。日本人ならだれでも大好きなメニューである。コメは日本のものよりパサパサしているが、アブラっぽい料理にはこのほうが合うような気もする。

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線路の両側は黄土高原の丘陵地がずっとつづく。どこまでいっても茶色っぽい景色である。川はすべて泥色に濁っている。毎年日本に飛んでくる黄砂は、このあたりの土壌が風に巻き上げられたものである。

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延安が近くなってくると、山の斜面にこの地方特有の横穴式住宅「ヤオトン」が目につくようになる。

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延安の鉄道駅は、地方の通過駅に似つかわしくないほど立派なつくりで、ホームも広い。さすがは、革命聖地を訪問する「紅色旅遊」の最重要都市だけのことはある。政府の力の入れ方が半端ないのだろう。

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駅中央のガラス窓に大きな赤い星(五芒星)がデザインされているのがいかにも延安である。もうこの時点で「革命聖地」感がいっぱいである。

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(延安での鉄道チケットの買い方)

ついでなので、帰路の鉄道チケットの確保方法についてもここで書いておきます。
延安の中心街にある旅遊大廈(延安旅遊ホテル)1階に鉄道チケットの代行販売業者が入居している。ここで、手数料5元で中国全土の鉄道のチケットが購入できる。
私は夜7時頃に行ったらすでに閉店していたので、やむなく駅の窓口まで買いに行った。
延安駅は延安の中心部からバスで10分くらいのところにあり、チケット販売窓口は24時間開いている。中心街からタクシーで往復しても数十元ですむので、いつでも気楽に買いにいける。

延安駅をとおるバスの路線はこちら

(つづきます)


posted by 陳ゆう at 00:42 | 旅の記録 延安 / 革命聖地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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