2013年01月13日

日本人の宿泊を拒否するホテル (中国北京)


ネット予約サイトで北京の空港付近のホテルを予約しようとしたら、途中で画面が暗転して、こういうポップアップが出現した。

agoda_refuse.jpg

宿泊者情報の入力画面のプルダウンメニューで国籍「Japan」を選択したとたんに、この状態に切り替わって、予約できなくなった。

こちらのホテルです。予約サイト(Agoda)の当該ホテルのページには日本人が書いた宿泊レビューも幾つかあったので、今年の夏頃までは問題なく宿泊できていたはず。
ところが、10月4日付の日本人女性のレビューでは、Agodaで予約してクレジットカード決済もしてあったのに、宿泊当日に北京空港から送迎依頼の電話をかけたところ、「部屋がない」と言われ、宿泊を拒否された、と書き込まれている。当然、大もめしたとのこと。

レビューがきっかけになって、Agodaの側で、トラブル回避のために、このホテルに関しては日本国籍の人の予約を受け付けないように設定したのかも知れませんね。

**

せっかくなので、直接ホテルに電話してみました。

○月○日、シングルの部屋ありますか。
あります。
いくらですか?
○○元です。
そちらのホテルは、外国人でも宿泊できますか。
できます。どちらの国ですか。
日本です。
・・・・日本人は、今は泊まれません。
どうして?
ちょっとお待ちください。
(しばしの間)
すみません、日本人は今は泊まれません。

**

尖閣諸島国有化の後、中国で日本人の宿泊を断っているホテルは結構あるようです。
それはまあいいんですが、問題は、こういうホテルでも予約サイト(Agoda等)では普通に予約できてしまうこと。上のように予約できない設定にしてあるホテルは一部だけのようです。
結果、宿泊当日にフロントで突然「泊めない」といわれることになる。

たとえば、このホテル
予約して出向いたのに、日本人だということで勝手にキャンセル扱いにされ、フロントで宿泊拒否された方のレビューがありました。

試しにこのホテルの予約手続をAgodaでやってみたら、普通に決済確認画面まで進めます。このままクレジットカードで支払って予約してしまうと、当日ホテルで宿泊拒否されるのみならず、返金請求などめんどうな手続きが必要になりそう。

Agodaの側から中国のホテルに対して日本人の宿泊の可否を問い合わせることはしていない模様です。

もし日本人であることを理由とする宿泊拒否に遭遇したら、予約サイトにその旨のレビューを書いておいた方がよいと思います。Agodaではすべてのレビューに目を通しているらしいので、先ほどの空港付近のホテルのように、日本人の予約を受け付けないようシステム上で設定してくれるからです。他の日本人のトラブルを未然に防止することになると思います。

また、自衛策として、尖閣諸島の問題が先鋭化した昨年9月以降も日本人が宿泊できたことが宿泊レビューで確認できるホテルに限って予約するようにする、などの対策が必要かなとも思います。とくに北京など北方のホテルが要注意のようですね。





posted by 陳ゆう at 23:21 | 雑記帳 日中関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月14日

台湾 高雄(4) 高雄港 高雄灯台

台湾を離れる日。
午後2時の飛行機に乗らなければならないので、朝から高雄観光に出かけた。
高雄は港町として栄えた街なので、高雄港を見に行くことにした。乗物好きの私としては、港内の渡し船にはぜひ乗ってみたい。下の地図のマーカーA(鼓山)とB(旗津)の間に渡し船がある。


大きな地図で見る


ホテルのチェックアウトは正午までなので、荷物は部屋においたまま早朝から行動開始。徒歩1分の高雄駅前のバスターミナルから248路のバスに乗る。

bus2.JPG


ちなみに、このバスは高雄駅が始発ではないので、逆方向のバスに乗らないよう注意が必要。バスターミナルの島をはさんで両側に248路のバス停がある。鉄道駅側のバス停から出る248路のバスが、高雄港方面行き。

bus.JPG


248路のバスは、高雄の都心を通って港まで行く。途中には商業街や官庁街があり、高雄を横切る愛河も越える。このバス移動自体が、ちょっとした高雄の観光になる。

aihe.JPG


ginko.JPG


下の写真のゲートを抜けると、港街のエリアに入る。

gate.JPG


このゲートを抜けたらバスは右折、その先の川の手前で左折して川沿いを海に向かう。川には多くの船舶が係留してある。突き当りのL字路の角がフェリー乗場。バスはここを左折する。数10メートル先のバス停で降車して、歩いてフェリー乗り場まで戻る。

ferry.JPG


このフェリーは人とバイクを運ぶ。
ターミナルに貼ってあったフェリーの時刻表

ferry4.JPG


ほんの10分程度の船旅。
2隻の船で運行しており、途中で逆向きのフェリーとすれ違う。
背景に写っている建物が、旗津区の街。

ferry2.JPG


大型船の入港を間近で見ることができた。
BUNGO PRINCESSという船名からして、パナマ船籍だけど日本の船のよう。

ship.JPG


対岸のフェリーターミナル(旗津ターミナル)。

ferry3.JPG


旗津区の町。
貸し自転車などがあり、観光地の風情。

minatomachi.JPG


観光客相手にカラスミをうる店がたくさんある。
この写真を撮っている私の右横に、日本人のツアー客が10人ほどいた。

karasumi.JPG


土産物屋が並ぶ通りを200メートルくらい行った突き当りが海水浴場になっている。
入口の看板にも、「旗津海水浴場」と書いてある。こうみると、なんだか日本みたいだ。

kaigan.JPG


kaigan2.JPG


ひとっこひとりいないビーチを眺めていても面白くないので、フェリー乗り場方面にぶらぶら戻った。途中のに、高雄港の灯台と砲台がある旗後山に登る横道がある。
横道を入っていくと、旗後山に突き当たったところに、右に灯台、左に砲台の看板がある。どちらに行くか迷うところだけど、山の上で繋がっているので、どちらを先に回っても同じこと。

kanban.JPG


きつい坂を数分上がると、高雄港が見渡せるようになる。
高雄港の入口の水路を挟んで、対岸は鼓山区の山。

takaoko.JPG


machi.JPG


やがて、灯台が見えてくる。

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灯台の1階は小さな展示室になっている。

todai2.JPG


灯台の裏手から、高雄港の入口方向を望む。
ハの字になった防波堤は、上に貼ったGoogle mapのとおりの形をしている。
その間をとおって船が入港してくる。

takaoko2.JPG


灯台と砲台は小道でつながっている。
尾根の小道を通り、史跡「旗後砲台」へ。
現在は大砲は残っておらず、コンクリート製の土台が残るのみ。

hodai.JPG


旗後砲台の入口にある看板。
看板の文字が一部消えているのは、日本軍の砲撃で剥落したものらしい。

houdai2.JPG


砲台遺跡の入口には、高雄市が設置した案内板がある。
高雄市の史跡に指定されているとのこと。

setsumei.JPG


先ほどの海水浴場を上から見る。

sunahama.JPG


帰りはバスで海底トンネルを経由して高雄市街地に戻ることにした。
バスは旗津区のフェリーターミナル前から出る。写真に写っている「紅9路」のバスがちょうど発車したところだったので、手をあげて停めて乗せてもらった。

hong9.JPG


普通の街の中をとおり、東西に長細い旗津の街を横断する。

minatomachi2.JPG


いたるところにお寺のような建物がある。
街の素朴な雰囲気に似合わない立派な建物が多い。
漁師街なので、信仰に篤い人が多いのかも知れない。

tera.JPG


市街地が終わると、コンテナヤードが続くエリアに入る。日本の海運会社の施設らしき表示もあった。
バスはコンテナヤードの中にある海底トンネルの入口を入っていく。

tonneru.JPG


海底トンネルを抜けたバスは、高雄の市街地を都心方面へ。
時間的にタイトだったので、途中の地下鉄駅近くのバス停で降車して、地下鉄でホテルに戻った。ホテルに着いたのが午前11時くらい。山を登って汗をかいたので、シャワーを浴びて、ひとやすみ。その後、荷物をまとめて空港へ。

こうして、20時間に満たない短い台湾の旅は終わったのでした。




posted by 陳ゆう at 15:30 | 旅の記録 台湾 高雄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月06日

毛沢東肖像画展


銀座の東京ギャラリーで開催された、毛沢東肖像画展。
開催期間は9月8日から29日。あえてこの時期にぶつけてくるとは・・・
まあ、尖閣問題がこんなにこじれるなんて、誰もわからなかったわけだけど。

http://www.tokyo-gallery.com/exhibitions/intokyo/post-104.html

開催期間も残りわずかとなったある日。
丸ノ内線を降り、銀座四丁目から銀座通りを新橋方面に向かって歩いて行くと、何やら騒がしい。反中を叫ぶ右翼団体が妨害に押しかけ、迷彩服姿のにいちゃんが街宣車の屋根に乗ってマイクでがなっている。付近の道路を機動隊が封鎖し・・・
・・・などということは、もちろん一切ない。

何の問題もなく、普通に開催されておりました。
ギャラリー前にも、中にも、ほとんど人がおらず、大変に静かでした。

新橋からほど近い銀座一丁目のギャラリーで開かれた毛沢東肖像画展は、中国の画家沈崇逍が作成した毛沢東の肖像画だけで構成された展覧会。

mao1.jpg


画家の沈崇逍は、1938年生まれ。1963年に上海美術設計公司に入社した。
この時代なので、「分配」(fenpei)というやつでしょう。社会主義時代の中国では、学校を出ると、国家によって仕事を割り振られた。これが「分配」。
沈は上海美術設計公司で肖像画の制作に携わり、特に、当時の国家主席・毛沢東の肖像画を担当した。

こういう経歴の画家であるから、現代的な意味でのいわゆる「アーティスト」ではない。むしろ、職人的な位置づけの人。

mao.JPG

もっとも、「アーチスト」ではなく「職人」だからと言って、すぐれた芸術作品を作れないわけではない。
むしろ、画家や彫刻家が「アーチスト」などという訳のわからないものに祭り上げられる以前のほうが、時代をこえて残る芸術作品が制作されることもある。このことは、奈良やローマに行ってみればわかる。

ただし、この毛沢東の肖像に関して言えば、芸術作品というよりは、スーパーの看板のような質感だった。政治宣伝のための材料なので、こんなものだろう。

でもまあ、面白かったです。

ちなみに、僕はむかし毛沢東の生家に行ったことがある
湖南省にある毛沢東の生家は、観光地として開放されており、多くの中国人が訪れていた。文革時代の暗い記憶も薄れてきて、建国の父である毛沢東を再評価する人が増えていると聞く。

そういえば、先日来続いている中国国内の反日デモの参加者の中にも、毛沢東の肖像を掲げて行進している一群がいた。貧富の差や汚職などの社会問題が顕在化している中国で、貧しくはあったけれど比較的均質で、汚職も今に比べれば少なかった毛沢東時代を再評価する機運があるのだろう。

今回の展覧会の中で一番面白かった作品は、延安時代の毛沢東の肖像。延安は、毛沢東が長征の末にたどり着き、革命の根拠地とした街。僕が、いつか一度は行ってみたいと思っている街でもある。
西安や北京から飛行機が飛んでいるけれど、なかなか時間が取れずにいまだ行けていない。来年くらいには訪れて、旅行記をブログにアップしたいと思っている。

mao3.jpg

改革開放前の中国では、こういう肖像画が膨大に作成されていたはず。
美術品としての面白さよりも、中国現代史の面白さを感じた展覧会だった。




posted by 陳ゆう at 10:03 | 雑記帳 文化・娯楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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